2025-02

大河

平賀源内の人生3【大河ドラマ「べらぼう」】

平賀源内は宝暦13年(1763)に薬品会の物品の解説本『物類品隲』を刊行しました。この著作のほか、長編小説『根南志具佐』や滑稽本『風流志道軒伝』も執筆し、「作者の巨擘」と評されました。また、翌年には秩父でアスベストを発見し、燃えない布「火浣布」を製作。清の商人の注目を集め羽織の注文が来ましたが、製作は困難で、源内の熱は冷めてしまいました。
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平賀源内の人生2【大河ドラマ「べらぼう」】

源内は、宝暦7年(1757)、藍水に薬品会を提案します。第5回まで行われ、この開催によって名声が高まりました。そのおかげか、再び故郷で高松藩に召し抱えられます。しかし、仕事に忙殺され、本草学を研究することができず、宝暦11年(1761)9月ついに職を辞します。その時に、「奉公構」を命じられ、他藩・幕府へ仕官できなくなります。ほぼ同じ頃、源内は「芒消」(硝酸ナトリウム)製造に関わり、これを成功させました。
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平賀源内の人生1【大河ドラマ「べらぼう」】

源内は、高松藩の蔵番の子として生まれ、幼い頃から本草学・文芸などの勉学に励みました。寛延2年(1749)、父が死去し、跡を継ぎましたが、長崎遊学を経て、蔵番退役願いを出し、浪人となりました。そして、大坂での修行を経て、宝暦6年、江戸に出府し、田村藍水門下として本草学者の道を本格的に歩み始めたのです。