大河 平賀源内の人生4【大河ドラマ「べらぼう」】
明和2年(1765)、中島利兵衛らと協力し金を掘る計画を立てたが、産出量が少なく明和6年(1769)以降に中止。源内は大きな金銭的損失を負った。・金山事業の失敗後、資金稼ぎのために序文執筆や艶本の出版、歯磨き粉「嗽石香」の口上作成など多方面で活躍した。また、明和7年(1770)に「神霊矢口渡」を発表し、現在も歌舞伎で演じられる名作を生み出した。・オランダの洋書に魅了され、「紅毛本草」などの翻訳を計画し長崎へ向かったが、資金難や環境の影響で実現しなかった。他に、滞在中に天草での製陶や羊毛織物などの事業を考案したが、成功には至らず安永元年(1772)に江戸へ戻った。
